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祖母は大往生でした

2020/ 07/ 24
日記
                 


先週祖母が亡くなりました
数え年で96歳 世間でいう大往生でした
足腰が不自由になり長らく施設で暮らしていました
何年か前にボケかけたのですが何故か治り
その後は会話も普通でした
亡くなるその日も夕食をしっかり食べスタッフの方と明日の予定を話し
部屋に戻り 次に様子を見に来た時は既に危篤状態だったそうです
いわゆるぽっくりと逝ってしまいました
 
私は常日頃思っていた事がありました
「この人が死んだら 本当に人はいつか死んでしまうんだな」と
それほど生に(いい意味で)貪欲で頑丈な人でした
やはり生きているといつかは皆死ぬようです

祖母の事を思い出すとどうしても食べ物の事とセットで思い出されてしまう
東日本大震災で原発が爆発し野菜に悪影響を及ぼす事態になりました
セシウムが野菜の中に蓄積されてしまう
特に福島はその影響を多く受けました
しかし岩手もわからない
お米も蓄積してしまうかもしれない
もしセシウムの値が国が定めた基準より多くでたら
どんなに美味しくとも1年かけて作ったとしても売る事は出来ない
そしたらそのお米はどうするよ?
と、いう話を実家で話した事がありました

母「おらは食うよ なに人に影響出るかもしれないって言ってもそれがいつかわからないんだろう?
 もう年寄りだし別にいい おらは食う」
私「私も食う 子供には流石に進められないけどまあ別に若くもないしいいよ食うよ」
そのやりとりを黙って聞いていた祖母が開口一番断言しました
祖母「おれは食わねえ。」

いや、お前も食えよ
(結局岩手の野菜は通常通り市場に出せる事になりました)

米寿のお祝いも祖母は嫌がりました
何故なら近所に住んでいた方は大抵米寿が迎えお祝いすると
その後亡くなる方が多かったからです
なので祖母に話しました
「ひっこ。米寿はゴールじゃないから通過点だから
ひっこはまだまだ生きるからこれは通過したお祝いだから
ちなみに100歳も通過点だから」
 祖母はその言葉に納得したのかどうかは定かではないです
しかしその後温泉で米寿のお祝いをする事に賛成してくれました

生に貪欲で頑丈でがむしゃらに働いてきた祖母
最近はいつ歳を聞いても「100歳」としか答えなかった祖母
夜テレビは時代劇しか見せてくれなかった祖母
そのお陰で私は時代劇が好きになってしまいました
ただ時代劇を見ていなかったらデビュー作も思いつかなかったと思います

ひっこ。またね。
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